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中小事業主に対する1ヶ月60時間超の時間外労働の割増賃金率引上げ

平成30年改正労働基準法(以下、「平成30年改正労基法」といいます。)により、令和5年4月1日から、中小事業主を含む全事業主に対して、1ヶ月間に60時間を超える時間外労働に「5割以上」の割増賃金率が適用されることになります。
施行日後、事業主に求められる実務の対応とはどのようなものでしょうか?

1.平成30年改正労基法「5割以上」の割増賃金率規定の経緯

すでに、平成22年4月1日に施行された改正労働基準法(以下、「平成22年改正労基法」といいます。)により、1ヶ月間に60時間を超える時間外労働について、法定の割増賃金率が「5割以上」に引き上げられています。ただし、この時間外労働の割増賃金率の引き上げについては、一定の中小事業主については、当分の間、適用が猶予されていました。

平成30年改正労基法では、中小事業主への月60時間を超える時間外労働に対する「5割以上」の割増賃金率の適用を猶予している平成22年改正労基法138条の規定が廃止されました。ただし、この規定についての施行日は、中小事業主への影響を考慮して、令和5年4月1日とされています。

2.平成30年労基法改正後の割増賃金の割増率

使用者は、時間外労働または休日労働を行わせた場合には、労働者に割増賃金を支払わなければなりません。時間外労働の割増賃金率は、通常の労働時間の賃金の「2割5分以上」です。ただし、1ヶ月間に60時間を超える時間外労働分については、「5割以上」です。また、休日労働の割増賃金率は、通常の労働日の賃金の「3割5分以上」です。

これらの割増賃金の支払義務は、法定労働時間及び週休制の原則の維持を図るとともに、労働者の過重な労働に対して補償を行おうという趣旨から定められているものです。

更に、使用者は、労働者に深夜労働(当日午後10時から翌日午前5時までの間の労働)を行わせたときは、それが所定労働時間内の労働であっても、通常の労働時間の賃金の計算額の「2割5分以上」の割増賃金を支払わなければなりません。

時間外・休日労働が深夜労働と重複する場合の取扱いについては、時間外労働が深夜労働の時間帯にわたる場合には通常の労働時間の賃金の「5割以上」の割増賃金を支払わなければなりません。

そして、1ヶ月間に60時間を超える時間外労働が深夜労働の時間帯にわたる場合には、通常の労働時間の賃金の「7割5分以上」の割増賃金を支払わなければなりません。また、休日労働が深夜労働の時間帯にわたる場合には通常の労働日の賃金の「6割以上」の割増賃金を支払わなければなりません。

3.割増賃金支払いの注意点は

使用者の労働者に対する割増賃金の支払いについては、次のことに注意が必要ですので、この機会に改めて確認をしましょう。

①2つの事業場で働いた場合は

1日のうちに甲事業場と乙事業場で労働した場合に、それぞれの事業場では法定労働時間内であっても、2つの事業場の労働時間の合計が法定労働時間を超えるときは、後で働いた事業場の使用者に割増賃金の支払義務が生じます。
甲事業場と乙事業場が同一企業、別企業のいずれであっても支払義務があります。

②法定労働時間内の残業の場合は

所定労働時間7時間の事業場で1時間残業するような法定労働時間内の残業については、時間当たりの賃金を支払えば良いとされており、割増賃金を支払う必要はありません。尚、法定労働時間は、1日8時間1週40時間と労基法に規定されています。

③法定外休日の出勤の場合は

労基法の定める割増賃金が必要なのは、4週間に4日の法定休日が確保できなかった場合です。ですので、法定外休日(例えば法定休日が日曜日である週の土曜日)の出勤であれば、休日労働として割増賃金(3割5分以上)を支払う必要はありません。
ただし、1週40時間の法定労働時間を超える場合は、時間外労働として割増賃金(2割5分以上)を支払う必要があります。

4.月給制の場合の平成30年労基法改正後の時間外労働の割増賃金の計算方法

割増賃金の計算手順は、まず「1時間あたりの基礎賃金」を計算し、そこに割増率と時間外・休日・深夜の実労働時間数を掛ける方法によります。
月給制の場合について説明しますと、割増賃金の計算の基礎となるのは「通常の労働時間(労働日)の賃金」で、これを一般的に「基礎賃金」といいます。

基礎賃金の内訳を大雑把にいうと、基本給に各種手当を加えた賃金です。ただし、各種手当のうち、「家族手当」「通勤手当」「別居手当」「子女教育手当」「住宅手当」「臨時に支払われる賃金(結婚手当、私傷病手当、退職金等)」「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)」は、基礎賃金に含まないとされています。

これを一般に「除外賃金」といいます。労基法において、賃金とは名称の如何を問わず、労働の対象として支払われるすべてのもののことです。わが国の賃金の実態をみると、家族手当、通勤手当など、労働との直接的な関係ではなく、各労働者の個人的事情に基づいて支払われる賃金が多くあります。

これらの賃金も全て割増賃金の算定基礎に含めると、同一職種で同一時間給を得ている労働者の間で、個人的事情に基づく手当の違いによる割増賃金額の差異が出てくることとなり妥当でないところから、労基法では「除外賃金」とされています。
上記より、時間外労働割増賃金の計算方法は次のとおりです。

※1 1年間の所定労働時間の総数を12か月で割って得た時間数のことです。
※2 1か月間に60時間を超える時間分については「1.5」となります。

5.まとめ

残業時間が1ヶ月間に60時間を超えると、割増賃金率が大幅にアップします。頭書のとおり、割増賃金の支払義務の趣旨は、法定労働時間及び週休制の原則の維持と、労働者の過重な労働に対して補償です。

この趣旨に鑑み、作業効率の見直しなど、事業者には残業時間の短縮を図る対応が求められます。事業者の皆様は、今後の労働時間整備について、一度専門家に相談されることをお勧めいたします。