破産手続開始決定が出るまでの間に,債務者の財産を保全する手段とは?
【債権者Aさんの相談】
先日,取引先であるB社から突然,「B社は破産する予定です。今後は破産手続を弁護士に依頼する予定であり,弁護士から後日通知をしますので,取り立てはお控えください。」との通知が来ました。そのため,私は取り立てを中止し,B社の弁護士からの通知が届くのを待っていました。しかし,噂によると,同じ通知を受けた他の債権者C社は,通知を受けた後も引き続きB社に取り立てを行い,債権を一部回収したと聞いています。私は,B社から言われた通り,取り立てを中止していたのに,他の債権者は取り立てを継続して弁済を受けるなんて不公平です。B社の破産手続開始決定はまだ出ていないようですが,私もC社と同様に,取り立てをして弁済を受けていいのでしょうか?また,破産手続開始決定が出るまでの期間,他の債権者の取り立てを禁止し,債務者の財産を保全する手立てはありませんか?
1 破産手続開始決定前の財産の保全について
裁判所から破産手続開始決定が出ると,債権者は個別に権利行使することが禁止され,取り立てや強制執行はできなくなります。破産法は,このように,破産手続開始後の債権者の個別的権利行使を禁止し,債務の引き当てになる財産を確保しています。しかし,裏を返せば,破産手続開始決定が出る前の債権者の権利行使は原則として制限されていません。
しかし,これでは,破産するという噂を聞きつけた債権者が一斉に取り立て行為を行い,破産手続開始決定が出た時点では財産が何もないという事態に陥ってしまう可能性があります。(今回の債権者Aさんのように,敢えて取り立てを中止していた債権者が損を被ってしまう結果になります。)しかし,それではあまりにも不公平です。そこで,今回は,破産手続開始決定が出る前の時点においても,債権者の権利行使を制限し,債務者の財産を保全する手段について,お話ししたいと思います。
2 破産手続開始前に債務者財産を保全する手段
⑴ 債権者の権利行使の制約
①他の手続の中止命令等(破産法24条)
裁判所は,破産手続が申立てられた場合で必要と認める場合には,中止命令を発令することによって,破産手続開始前であっても,債権者による強制執行や仮差押え,仮処分,財産関係の訴訟手続等を中止することができます。これは,債権者の個別的権利行使禁止の時期を,中止命令の発令によって破産手続開始決定前に前倒しする手続です。ですので,中止命令が発令されれば,取り立てや差押えはできなくなり,万が一これに反して弁済を受けた場合には,後々管財人から否認(取消)され,受領した財産は返還しなければなりません。
②包括的禁止命令(破産法25条)
裁判所は,①の中止命令を個別に発令するのでは財産の保全が十分に行えないような場合には,包括的禁止命令を出すことによって,全ての債権者に対して,強制執行等の禁止を命じることができます。これは,例えば,ネット通販のように全国に債権者が散らばっており,個別の債権者に対して中止命令を発令しても対処できないような場合を想定しています。①の中止命令は,債権者ごとに個別に出されるものですが,②の包括的禁止命令は全ての債権者に対して出されます。
⑵債務者の財産処分権の制約
③債務者の財産に関する保全処分(破産法28条)
裁判所は,破産手続開始の申立てがあった場合には,破産手続開始決定が出るまでの間,債務者の財産に関し,処分禁止の仮処分や弁済禁止の仮処分等,財産に関する保全処分を命じることができるとされています。財産の処分や弁済禁止等の仮処分が出た場合,その名の通り,債務者は勝手に財産処分や弁済をすることができず,これに反した弁済については原則として無効となります。なお,弁済を受領した債権者が,債務者に弁済禁止の仮処分等が発令されていたことを知らずに弁済を受けていた場合は,例外的に弁済は有効になります。
④保全管理命令(破産法91条)
裁判所は,債務者が法人の場合で,債務者の財産管理が失当であり又は債務者の財産確保が特に必要な場合には,保全管理命令を発令して,保全管理人を選任し,債務者の財産管理を任せることができるとされています。これは,債務者による財産の散逸を防ぐ趣旨で認められている制度です。
⑶ 小括
以上の通り,破産手続開始前において,債権者の権利行使や債務者の財産処分権を制限する手段はいくつかあります。なお,いずれも,裁判所に対して破産手続を申し立てていることが必要であり,単なる破産予定という状態では利用できません。また,利用する場合は,利害関係人の申立て又は裁判所の職権発動が必要になります。
3 まとめ
以上の通り,破産手続開始決定前であっても,一定の場合には,債権者の権利行使を制限したり,債務者の財産処分権を制限することによって債務者財産を保全する手段が準備されていますので,Aさんのような悩みをお持ちの方は,一度弁護士にご相談されることをお勧めします。(なお,本事例では,破産手続予定であり,まだ申立てに至っていないため,①~④の手続きはできません。しかし,C社に対する弁済は,破産する通知を出した後に行われているので,否認対象行為として管財人から取消される可能性が高いでしょう。)