一度結んだ契約が取り消せる?「クーリング・オフ制度」とは?
エステの無料体験に行ったら、そのまま勧誘を受けて契約を結んでしまった、という経験をしたことがある人もいるのではないでしょうか?
その場で断りづらくて契約してしまった…。勧誘トークに乗せられて契約を結んでしまったが後悔している…。
このように、エステ以外の取引でも、一度契約を結んでしまったときに、クーリング・オフ制度を利用して契約を解消することができます。
今回は、そんなクーリング・オフ制度について詳しくみていきましょう。
1. クーリング・オフ制度とは?
「クーリング・オフ制度」という言葉、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか?クーリング・オフ制度とは、特定商取引法やその他の法律に定められた消費者を守る特別な制度で、消費者が、訪問販売などの不意打ち的な取引で契約したり、マルチ商法などの複雑で、リスクが高い取引で契約したりした場合に、一定期間であれば無条件で、一方的に契約を解除できる制度です。この時、消費者は一切の金銭を払う必要はありません。
クーリング・オフができる取引と期間はこのようになっています。
こちらの表の中には、あまりなじみのない専門的な言葉もあるので、補足しておくと、⑤の「業務提供誘引販売取引」はいわゆる内職商法・モニター商法等のことです。内職商法は、「在宅ワークで高収入」と自宅でできる高収入の仕事を提供するなどと説明し希望者を集め、仕事のために必要だと教材や機材を購入させる商法のことです。教材などを購入しても、実際には仕事がなく、その対価がほとんど得られないというようなトラブルも近年増加しています。
また、モニター商法は、モニター(商品を購入するときに口コミを投稿したり、宣伝活動を行ったりする消費者のこと)になると商品が安くなる、もしくはモニター料の名目で収入を得られるといった勧誘を行う商法のことをいいます。
着物・布団・健康食品などの商品が取り扱われることが多いです。⑥の「訪問購入」は、訪問販売のようにリサイクル業者などの購入業者が消費者の自宅を訪問し、物品を購入する商法です。中には、突然家に訪問し、ブランド品や貴金属類を強引に買い取る悪質なケースもあります。
最後に、今回冒頭で述べたエステの契約は、こちらの表を見ていただくとわかるように、③「特定継続的役務提供」にあたります。特定継続的役務提供とは、長期・継続的なサービスの提供と、それに対して高額の対価を請求される取引のことを言います。対象となる役務は、特定商取引法で限定列挙されています。
それぞれの取引名がどのようなものなのかが分かったところで、次は、この特定継続的役務提供に分類されているエステは、なぜクーリング・オフ制度の対象になるのかを見ていきたいと思います。
2. エステがクーリング・オフ制度の対象になるのはなぜ?
なぜ、エステがクーリング・オフ制度の対象になるのかをエステのサービス提供の仕組みとともに説明したいと思います。
エステの契約を結んだら、その後長期・継続的にサービスを受けていくことになります(月に1回など、定期的に通う契約内容になっていることが多いです)。
しかし、そのサービス内容(施術内容)は受けてみて初めて分かるものなので、認識が曖昧なままで契約をしてしまう方も多いです。曖昧な認識のまま、勧誘されるがまま契約を結んでしまい、家に帰ってから「契約しなければよかった」「契約を解除したい」という人が多く、そういったときに契約を解除できないとなると、契約が消費者にとって不利なものになります。
不利な契約から消費者を守るためにあるのがクーリング・オフ制度なので、エステもこのかぎりなのです。
しかしここで注意しなければならないのが、エステはクーリング・オフの対象ですが、
① 契約書面を受領した日から8日間
② 契約期間が1か月以上・また金額が5万円以上
という条件を満たしている場合のみクーリング・オフが可能です。もしも契約期間が2週間で、3万円のエステの契約を結んだときは、クーリング・オフ制度の対象外となりますので、ご注意ください。
また、エステ以外の「特定継続的役務提供」にあたるサービスは、契約期間が2か月以上で、契約金額が5万円を超えるものがクーリング・オフ制度の対象です。
エステとエステ以外ではクーリング・オフの対象となる条件が異なってきますので、制度を利用する際は契約金額・内容をしっかり確認しておきましょう。
クーリング・オフ制度の仕組みが分かったところで、次は実際にどのようにしてクーリング・オフをするのかを見ていきましょう。
3. エステの契約でクーリング・オフ制度を利用するには
エステのクーリング・オフをする際、事前に注意しておかなければならないことがあります。
① 消耗品の使用の有無
エステの契約をした際、ボディクリームなど消耗品を提供される場合があります。この消耗品を使用している場合は、消耗品はクーリング・オフの対象外となってしまいますので、ご注意ください。
② 契約書類を保管しておく
クーリング・オフの通知書に、契約時の担当者名や商品名・契約金額などを正確に記載しなければなりませんので、契約書類を保管しておく必要があります。通知書送付後も何があるか分かりませんので、契約書類は一式とっておきましょう。
③ 書面で解約手続きを行う
書面以外の方法(電話など口頭のみ)でクーリング・オフの通知を行うと、証拠が残らず言ったか言っていないかというトラブルにもなり得るので、必ず書面で手続きを行いましょう。
④ クレジットカードの支払いの場合はクレジットカード会社にも書面を送付する
クレジットカードを使用した契約の場合は、同じ内容の通知書をクレジットカード会社にも送付しなければなりません。
これらの注意点を踏まえて、クーリング・オフの通知を行う際は、必ず内容証明郵便で行うようにしましょう。クーリング・オフは、8日間という期間が決まっている以上、通知を送ったものの、それた届いたか届いていないかといったトラブルになってしまうと、間違いなく期間を経過してしまいます。内容証明郵便であれば、どんな内容の文書をいつ発送し、いつ到達したかを後に証明することができますので、利用しましょう。
通知書の送付後、通知書を受け取った企業から契約の解除、返金がなされます。
返金がない、遅いなどトラブルが発生した際は消費者生活センターや弁護士など専門家に相談しましょう。
4.まとめ
クーリング・オフ制度は知っておくと、不本意な契約を結んだ時にも一方的にこちらから解除を要請できるので、役立つ制度です。
しかし、期間や条件が決まっているので、どんな契約内容でも必ず解除できるわけではありませんし、クーリング・オフ制度を利用したとしても、返金に関して思わぬトラブルに巻き込まれてしまう可能性もあります。そうなった場合は早めに専門家に相談しましょう。
また、断る意思を持つことも大事なので、契約を結んでしまう前に、自分の意思を確認し、しっかりと伝えるようにしましょう。
【離婚問題】裁判離婚での離婚事由について
協議離婚や調停離婚では、「考え方が合わない」「一緒に生活するのが嫌になった」など、どんな理由であっても夫婦が離婚に合意さえすれば、離婚できます。しかし、離婚裁判では民法に定められた5つの離婚事由のいずれかに該当しなければ離婚は認められません。今回はこの5つの離婚事由について説明したいと思います。
1.はじめに
離婚調停が不成立になり、裁判離婚へ進む場合、離婚が認められるためには、民法で定められている5つの離婚事由のいずれかに該当していることが必要となります。5つの離婚事由とは次の通りです。
① 配偶者に不貞な行為があったとき(民法第770条1項1号)
② 配偶者から悪意で遺棄されたとき(同条同項2号)
③ 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき(同条同項3号)
④ 配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込みがないとき(同条同項4号)
⑤ その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき(同条同項5号)
以上5つが民法で定められた離婚事由となります。
それでは、具体的にどの様な状態であれば、これらの離婚事由に該当すると認められるのかという部分について個別に説明します。前提として、それぞれ抽象的な概念であり、離婚事由に該当するかどうかの評価はケースバイケースになります。
今まで多数の裁判が行われ、その事例の集積によって、ある程度の物差しが作られて来ました。最終的には、個別の事例においての裁判所の判断となりますので、過去の裁判例を踏まえた判断が必要となり、専門家に相談しないと分からないことも多々あるでしょう。
2.各離婚事由の詳細
①配偶者に不貞な行為があったとき
日本では重婚が禁止(民法第732条)されており一夫一婦制であることから、婚姻関係にある夫婦には配偶者以外の異性と性行為に及んではならないという貞操義務があります。
不貞行為というのは、配偶者以外の人と肉体関係を持った場合に該当するため、夫婦間の貞操義務に反することになります。もし、配偶者が異性とデートをしていたとしても、配偶者と異性の間で肉体関係があることを証明できなければ不貞行為には該当しません。また不特定の相手との売春行為なども不貞行為に該当する可能性があります。
②配偶者から悪意で遺棄されたとき
民法第752条では夫婦は同居し、お互いに協力し、助け合わなければならないと定義されております。離婚事由にある「悪意で遺棄する」という意味は、同居、協力、扶助という民法で定められている夫婦の義務を故意に行わないことを指します。
代表的な例として、「夫婦の一方が配偶者の了解なく家を出ていき別居状態にある」「生活費を渡してくれない」「扶養義務のある家族の面倒を見ない」等があります。なお、単身赴任による別居、離婚の話し合いの最中での別居は同居の義務違反には該当しません。
③配偶者の生死が3年以上明らかでないとき
配偶者からの音信が途絶え3年以上が経過し生死が不明な場合は、配偶者は離婚事由があるものとして離婚訴訟を起こすことができます。
また、生死不明の状態となり7年以上が経過している場合は、家庭裁判所に失踪宣告を申立てることが可能となり、失踪宣告が確定すると、法律上、不在者は死亡した扱いとなるため婚姻関係は解消されます。
なお、配偶者の生死が3年以上明らかでないことを原因とする離婚裁判により離婚が確定した場合、後日、行方不明者の生存が確認されても離婚は取り消されませんが、失踪宣告に基づき離婚した場合は、本人または利害関係人の請求によって失踪宣告が取り消されるケースもあり、この場合は婚姻関係も復活することになります。そのため、失踪宣告を用いることは、それなりに確実に死亡が予想される場合に限定すべきでしょう。
④配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込みがないとき
配偶者が精神病になったというだけでは離婚は認められません。配偶者の精神疾患が極度のもので、将来的に回復が見込めないという医師の意見や診断が必要であり、医師の診断に基づいて裁判所が厳格に判断します。
また、裁判では医師の診断以外にもこれまでの介護や看護にどれだけ尽力したかも一つの判断材料となります。
なお、配偶者が精神病によって判断能力がなく、訴訟を行えるだけの能力が無い場合には、配偶者の成年後見人を選任し、成年後見人が訴訟の対応をすることになります。
⑤その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき
①から④の離婚事由に該当しない場合も、その他の個々の事情を考慮し婚姻関係の継続が難しいと裁判で判断されるケースがあります。一般的な離婚案件のほとんどは、この離婚事由に基づいて請求されるものです。代表的なものを以下に記載致します。
【性格の不一致】
単に「気が合わない」というだけでは認められません。性格が合わないために愛情を失い、夫婦関係が破綻しており修復不可能な状況でなければなりません。
【配偶者からの暴力】
身体的な暴力だけではなく、言葉による侮辱や虐待、暴力による性交渉の強要など広い範囲の行為が暴力として認められています。
【舅・姑・配偶者の親族との不仲】
単に配偶者の親族と気が合わないという問題ではなく、配偶者の親族から暴力、侮辱を受け、それらの状況に対し配偶者も改善する努力をせず、または、親族に加担するなどの行為により、婚姻関係が破綻していることが必要です。
【宗教活動にのめり込む】
信仰や宗教活動は個人の自由ですが、宗教にのめり込んで働かない、家事、育児を行わない、生活費のほとんどを寄附する等の行為で夫婦関係が破綻した場合も離婚は認められます。
3.おわりに
以上、5つの離婚事由について説明しましたが、裁判では離婚事由が存在することを証明しなければなりません。これらを証明するには専門的な知識、経験が必要となります。離婚事由のいずれかに該当するかもしれないと思った方は一度弁護士などの専門家へ相談することをお勧めします。
テレビ番組制作において気をつけるべきポイント~取材・撮影編~
世の中には、テレビ番組に関わる仕事をされている方も多くいるかと思います。テレビ番組は、その制作会社や放送局のガイドライン、規程に則って制作されることがほとんどかと思いますが、中には「なぜこのルールを順守しなければならないのか?」と疑問に思ったり、「こんなケースはどうしたらいいのか?」という部分も出てくるのではないでしょうか。
様々なテレビ番組制作において気をつけるべき点を数回にわたってご説明します。
今回は、取材・撮影時においてのポイントです。
1.多くの通行人が行き交う中でのリポート・撮影
(1)映りこむ通行人の肖像権は?
大規模な電車の遅延などが発生した場合、その様子を朝の情報番組などでリポートをすることがあるかと思いますが、リポーターの背部に駅構内を行き交う通行人や、遅延情報を駅員に問い合わせている人など不特定多数の人が映り込みます。
もっとも、その混乱している様子を撮影し、大変な状況であることを視聴者へ知らせるという点で必要な場面ではありますが、このケースにおいて、リポーターの背部を歩く通行人に対しては許可なく撮影し放送しても良いのでしょうか。
(2)特定できなければ侵害にならない
ここで「肖像権の侵害」という言葉が思い浮かびますが、この場合、画面を通り過ぎる通行人を特定しようと思っても容易にはいきません。誰であるかすぐに特定できない場合、肖像権の侵害にはあたらないと考えられます。
また、たとえ本人を特定できたとしても、「約3分間のリポートのうち、数秒間映る」程度であれば、テレビが普及し誰でも映り込む可能性がある今日の社会においては生活上受忍限度の範囲内となり、肖像権の侵害とはならないでしょう。
しかしながら、朝の生放送番組で中継時に撮影した映像を、夕方の情報番組等で再度利用し放送する、といったケースもあるかと思います。その際、映像の中に映った通行人より「再度使用しないでほしい」というような要望が寄せられた場合、明確に拒否の意思を伝えられているので、映像の使用についてはよく検討せねばなりません。
加工等をし、本人の特定ができないようにして放送するか、映像自体を使用しないようにするか、その映像の重要性も考えて臨機応変に対応するようにしましょう。
(3)取材班であることを明確に
最近では高性能でありながらサイズの小さな撮影用カメラも登場し、機材の持ち出しも容易になった反面、撮影をしていることが分かりにくくなっているかもしれません。前述の通り偶然であったとしてもテレビに映ることを嫌う人も一定数は存在します。
通行人に対して、テレビ局や制作会社の名前を記した機材を用いたり、腕章をつけるなどして、報道機関が取材・撮影をしていることを分かりやすくしておくことも重要です。
そのような取材班を避けずに通行しているということは、撮影について承諾していると捉えることができます。
一方、取材班が撮影しているとわかると騒ぎ立てたり、故意に映り込もうとする人もいます。大きな騒ぎになり通行に支障が出るなどの可能性もありますので、状況に応じて撮影のやり方を適宜変えていくことも必要です。
2.事件が発生!取材・撮影を現場のすぐ近くで行う場合
(1) 事故現場などで張られた規制線の中へ入っても良い?
事件や事故が発生した際、周辺に「規制線」が張られるかと思います。多くの規制線は黄色いテープで、「立入禁止」などの文字が記されています。より近くで撮影するために、この規制線を越えて取材や撮影をすることはできるのでしょうか。
(2)規制線は複数の法的根拠に基づいて張られているもの
事件現場等で見られる「立入禁止」の線は、刑事訴訟法などの法的根拠により張られていて、事件の内容によっては複数の法令を適用し規制線を張っている場合もあります。
まず大前提として、警察官は実況見分、検証のために事故の現場を現状のまま保存すること、何も知らない人が立ち入らないように、証拠を動かすことのないように、立入禁止のテープやロープを張らなければならないなどと犯罪捜査規範で定めています。
しかしながら、これはあくまで規範であり法的な強制力はありません。後述する警察官職務執行法や刑事訴訟法を合わせて規制線を張ることで、規制線を超えた侵入者を退去、処罰することとなります。
(3)警察官職務執行法・刑事訴訟法に基づいた規制線
警察官職務執行法(警職法) 第四条では、「避難等の措置」として交通事故、危険物の爆発、その他人の生命や身体に危険がある場合など、危害を避けるために必要な限度内で避難、引き留める措置ができるとしています。
この法令に基づいて張られた規制線では、むやみに立ち入ると軽犯罪法違反となる可能性があります。
また、刑事訴訟法(刑訴法)第百十二条では、差押状、捜索令状を用いて現場検証等を行う際、許可を得ない出入りを禁止することを定めています。こちらも規制線を張り現場検証を行っている場合、立ち入ると警職法同様に軽犯罪法違法となり得ます。
(4)道路上での規制線
交通事故などでは道路上に規制線を張ることがあるかと思いますが、これは道路交通法に基づき張られる規制線になるでしょう。道路上の危険を防ぐために歩行者・車両の通行を禁止また制限することができると定めています。
車両の侵入については処罰の対象になる可能性がありますが、歩行者に対しては罰則がなく、立ち入っても道路交通法違反とはならないとされています。しかしながら、規制線は複数の法令により張られている場合が多いですので、警官が制止したにも関わらず立ち入るなどした場合、警職法等により軽犯罪法違反となることもあります。
(5)どの法令に基づいた規制線か?
以上の法令などから、規制線を張っている場合でも状況によっては立ち入ることができるかもしれませんが、その規制線がどの法令に基づいて張られているのかをすぐに判断することは不可能に近いです。
捜査の取材で立ち入りが必要である旨を警察官に申し入れた場合、ある程度許容して立ち入りを許可することもあり得ますが、その際も警察官の指示に従うといった制限の中で取材をすることとなるでしょう。
いずれにしても、捜査の妨害とならないよう、注意を払いながら取材する必要があります。
3.まとめ
日本でのテレビの本放送が開始されてから60年余りになりますが、放送技術の向上や機材の高性能化、さらには交通網が発達したことにより、取材先へ向かい映像を撮影、その場で放送することが容易な世の中になってきました。
高性能カメラで撮影された映像では、個人を特定しやすくなり撮影に対しての苦情等も多く寄せられるかもしれません。しかしながらその高性能カメラにより、規制線を超えずとも、遠くからはっきりとした事件現場の映像を撮影することができるようになったのも事実です。取材時において適用される法律や法令を理解し、適切な取材・撮影を行っていきましょう。
経営法務リスク~無期転換ルールのリスクとは~
金融危機や労働者派遣法の見直しが実施された1998年頃から正社員としての雇用が減り、有期雇用契約が増加し始めました。有期雇用契約を活用することは、会社の経営状況に合わせて人件費を調整しやすい点や、正社員と比べて人件費を抑えることができる点から、有期雇用契約は長期間に渡り、更新されてきました。しかしながら、有期雇用契約の社員にとっては雇用が安定しないことから経済的な自立やキャリア形成を図ることが難しいという問題がありました。
それらの問題に対応するために、国は政策の一環として、「無期転換ルール」を法律として定め、企業に積極的に取り入れるように推進しています。今回は「無期転換ルール」を取り入れる企業に生じるメリット、デメリットについて説明したいと思います。
1.有期契約雇用と無期契約雇用の違いとは?
平成25年4月1日に施行された労働契約法の改正において、「有期雇用されている期間が5年を超える場合は、労働者は無期雇用に切り替えを求めることができる(労働契約法第18条1項)」という「無期転換ルール」が定められました。
対象者は、有期契約社員、アルバイト、パートタイマー等の有期雇用者となり、企業は対象者から期間の定めのない労働契約の締結の申込みがあった場合、対象者からの申し入れを拒否することが出来ません。
有期雇用と無期雇用の違いは、「契約期間に定めがある雇用」か「契約期間に定めが無い雇用」かという点になります。そこで、理解しておかなければならない事は、「無期雇用に転換になる=正社員」ではないという点です。雇用形態が無期雇用に変更されたとしても、契約期間の定め以外の労働時間、賃金、その他の労働条件は、特段の合意がなされていない限り、有期雇用時と同一のものになります。
つまり、「無期転換ルール」とは、あくまでも雇用期間の変更に過ぎず、自動的に労働条件が正社員と同一になるわけではありませんので、ご注意ください。
2.無期契約雇用のリスク
前述した通り、無期雇用への変更により、特段の合意がなされていない限り自動的に労働時間、賃金、その他の労働条件が正社員と同一の条件に変更されるわけではありません。しかしながら、その様な事態を防ぐために企業側も就業規則の整備など一定の事前準備が必要となります。
就業規則において、有期雇用から無期雇用に転換した社員と、無期雇用の正社員(通常の正社員)との賃金等の労働条件が区別されていなければ、無期雇用に転換した社員が正社員と同じ労働条件になるリスクが生じます。
もし、有期雇用から無期雇用に雇用形態を変更した全員が正社員と同一の労働条件となれば、人件費等が大幅に増大することになり、経営を圧迫する要因の一つとなります。
一般的な会社の就業規則においては、「正社員」「契約社員」「パート」などの区別しかなく、労働条件は有期雇用の契約社員と同等だが、雇用期間は無期という形態があまり想定されておらず、就業規則には規定されていないことが多いものです。一度、しっかりと確認した方が良いでしょう。
また、業務内容の範囲についても、各雇用形態別に区別して定めることが重要です。区別して定める理由としては、例えば、無期雇用に転換した社員と正社員との間に業務内容や責任の範囲に違いが無いにも関わらず、待遇面において差が発生することによって、社員の間に不満が生じ、トラブルの原因になる可能性が考えられます。
雇用形態別に業務範囲を区別して定めることにより、未然にトラブルを防ぐことが可能になります。この様な事態を防ぐためにも、事前に就業規則を見直し、整備することをお勧めします。
もう一つの企業側のリスクとして、解雇にかかる問題が挙げられます。有期雇用の場合では契約期間が明確に定められているため、経営状況に合わせて契約更新の可否を判断し雇用人数を調整することが可能でした。
しかしながら、無期雇用の社員の場合、契約を解除するには「解雇権濫用法理」(解雇権濫用の法理とは、「就業規則の規定に反する行為をした等の解雇事由に該当したとしても、解雇は社員やその家族へ与える影響が非常に大きいため、合理的かつ論理的な理由が存在しなければ解雇できない」という理論。)により、厳格な解雇規制が適用されます。その結果、経営状況に合わせた雇用人数、人件費の調整が難しくなってしまいます。
3.無期雇用転換のメリットとは?
それでは、企業にとって有期契約の従業員を無期雇用へ転換するメリットはどのようなものがあるのでしょうか。
1つ目は、新人を採用するのと比較し、既に会社の実務を理解し、経験のある社員を手放さずに済む点です。契約期間の定めが無くなることで、中長期的な社員の育成が可能となり、新規社員の採用コストや育成コストを削減することができます。
2つ目は、有期雇用から正社員や無期雇用に転換を行った場合、一定の受給要件を満たせば政府からキャリアアップ助成金を受給することができる点です。社員の雇用を見直す際には、助成金の受給も併せて検討すると良いでしょう。
検討する際には、社員の雇用形態の現状をきちんと把握することが大切です。予め、雇用形態の現状を把握することにより、助成金の受給申請の計画が立てやすくなります。
助成金申請は、細かいルールが定められており、これを満たしていないと形式的に受給申請ができなくなりますので、専門家に相談しましょう。
4.まとめ ~企業側が備えること~
無期転換ルールの発生に伴う企業のメリット、デメリットについてご理解いただけましたでしょうか?
平成30年より制度の運用が本格的に開始され、約1年が経過しました。まだ社内において、無期転換ルールに対応できる労務環境が整っていないのであれば、急務で整備に取り掛かる必要があります。
まず企業が行うべきことは、雇用形態に合わせた就業規則を確認、整備し、待遇面や業務内容の範囲について明確に定めることが大切です。
弁護士や社労士などの専門家にも相談しながら、「無期転換ルール」に対応した労務環境作りを行いましょう。
標準報酬月額①~報酬の定義と報酬に含まれるもの~
毎月の給与から控除されている社会保険料は、健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料がありますね。その保険料の基になっているものは「標準報酬月額」ですが、基本給だけを当てはめて考えることはNGです。まずは、定義や報酬に含まれる手当について要件を確認してみましょう。
1.報酬の定義
報酬とは、以下のように定義されています。(健康保険法3条5項)
つまり、名称は関係なく、働いたことの対価と評価できるものは報酬となります。そして、支給されることが決まっておらず臨時で支払われるもの(結婚した時のご祝儀など)は報酬となりません。
これに加え、年に4回以上の賞与を支給→報酬
年に3回までの賞与を支給→賞与 として扱います。
2.報酬の対象となるもの
報酬は、標準報酬月額を決めるもとになるので、対象になるものとならないものを間違えないようにしましょう。
※1 よく疑問に思うのが、「通期手当を報酬月額に含めるべきか」ということではないでしょうか。定期代や定期券、実費精算など、どんな支払い方であろうと、自宅から職場までの往復の為に発生する交通費は、課税・非課税かかわらず、含めましょう!
半年分をまとめて出しているのであれば、その金額をひと月分にして含めるようにしましょう。実費なのに含めるのはおかしいと感じるのは理解できますが、法律で決まっていますので仕方ありません。。。
※2 年4回以上の賞与を支給する場合
原則、毎年7月に算定基礎届を届け出る際に、賞与総額を12で割った額を各月の報酬に含めて算定します。ただし、いろいろなケースがあり、かなり複雑なので、必ず年金事務所や専門家に確認をしましょう。
3.標準報酬月額とは
標準報酬月額は、手取り金額ではなく総支給額から算定(基本給+諸手当(上記の表を基に))した金額を「標準報酬月額表(保険料額表)」に当てはめます。原則として、毎年1回決定され、その決定された標準報酬月額が、1年間使用されるようになります(下記イ)。※毎月社会保険料が変わることはありません。
①標準報酬月額の決定の方法は、下記の方法で決定・改定されます。
ア)入社時などの資格取得時決定
イ)定時決定(毎年1回行われる4・5・6月の給与の平均額から算出)
ウ)賃金の昇給降給が続いた際に行う随時改定
エ)産前産後休暇・育児休業等終了時改定
②標準報酬月額の等級区分
標準報酬月額は、被保険者の報酬月額に基づき、いくつかの等級に区分されています。
現在では、※2019年5月現在
健康保険 第1等級の58,000円~第50等級の1,390,000円
厚生年金保険 第1等級の88,000円~第31等級の620,000円
とされており、健康保険と厚生年金保険では、上限が異なるので注意が必要です。
4.健康保険・厚生年金保険の保険料額表(協会けんぽ)
「標準報酬月額」は、都道府県ごとに違います。
どこの都道府県を見るのかというと、個々人の住んでいる住所先ではなく、会社所在地の住所の都道府県となります。
※ 福岡支店でも、東京の本社に所属していたら東京を参考にします。
引用:全国健康保険協会HPより
例年、3月ごろ保険料の変更があっておりますので、都度、最新のものを確認いただくことをお勧めします。会社にも変更があった際はお知らせが届くようです。
◆福岡県 平成31年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/shared/hokenryouritu/h31/ippan/h31340fukuoka.pdf
◆東京都 平成31年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/shared/hokenryouritu/h31/ippan/h31313tokyo.pdf
こちらの表の見方は、別記事に記載がありますのでご確認ください。
5.まとめ
基本給と残業手当と交通費のみでしたら分かりやすいのですが、やはり会社によってさまざまな手当の種類があると思います。その報酬月額から、社会保険料の金額が決まりますので、しっかり要件を確認することが必要ですね。
この社会保険料の基礎に含むかどうかで、社会保険料額が変わって来て、手取り額が変わって来ますので、会社だけでなく従業員の方々も気にするようにしてみてください。
【離婚問題】養育費~どうやって金額を決める?~
子供がいる夫婦が離婚する場合、親権と同様に問題となりやすいのが養育費です。親権を持たない親に養育費を支払う義務があることは分かっていても、実際どのくらいの金額を払えば良いのか分からない方は多いのではないでしょうか。今回は、養育費の決め方や、一度決めた額を変更することができるかについてご説明します。
1 養育費とは
離婚すると元夫婦は別々に生活し、一方が子供を引き取り、もう一方は子供と別れて暮らします。しかし法律上、親は、子供と同居しているか否かにかかわらず、子供に対して扶養義務(自己と同程度の生活を保持させる義務)を負っています。
したがって、本来であれば両親ともに子供の生活費を負担しなければならないわけですが、現実的には、子供と同居していない親は、子供と同居している親に養育費を支払うという方法で、その義務を履行することになります。
養育費の支払い期間は、子供が成人に達するまでと考えるのが通常ですが、近時は4年制大学に進学する子供が増えていることから、4年制大学卒業の月(22歳)まで養育費を支払うことが珍しくなくなっています。その場合の養育費の取り決めの条項は、以下のようなものとなります。
2 養育費の決め方
養育費の金額などは、父母の話合いで自由に決めることができます(民法766条1項)。経済力によっては、月に数十万円の養育費を支払うことができる人もいれば、月に数万円の養育費を支払うことが難しい場合もあるでしょう。
養育費の具体的な金額については、平成15年に東京・大阪養育費等研究会から、親の収入や子の年齢等に応じて金額の目安を定めた簡易算定表が公にされています。しかし、この算定表に従うと養育費の額が低すぎるなどの問題があり、平成28年に日本弁護士連合会から「新算定方式」が提言されました。
現在、実務では簡易算定方式が主流ですが、弁護士が依頼者の状況に応じて新算定方式によった養育費の金額を主張することも少なくありません。また、最高裁司法研修所が養育費算定方法の見直しを検討して研究を行っており、今年5月中に報告書がまとめられる予定です。この発表によって今後実務でも養育費の算定方法が変わる可能性があり、注目されています。
養育費の金額等について父母の協議が調わない場合には、家庭裁判所が当事者からの申立てを受けて、最終的には審判で定めることになります(民法766条2項、家事事件手続法別表第2・3項)。実務では、まず調停の申立てが行われるのが通常です。
3 養育費の変更
離婚にあたり夫婦間で協議して養育費を決めても、あるいは調停や審判で養育費が決められても、その後に事情変更が生じたときには、養育費の金額を増減することが可能です(民法880条)。
これは、あくまでも養育費を決めた後に事情の変更が生じた場合に限られ、養育費を決めた際に既に生じていた事情を理由に、養育費の金額の増減を求めることはできません。
裁判例でも、養育費を決める調停成立時に既に再婚し、なおかつ再婚相手の子供と養子縁組をしていた事案で、再婚と養子縁組により社会保険料が増加したこと等の理由で収入が減少することは、その当時、予測可能な事情であるから、養育費を減額すべき事情の変更とはいえないとしたものがあります(東京高決平成19年11月9日)。
これに対し、養育費を決めた後に再婚して生活環境が変わることは、事情変更に該当します。審判例でも、離婚後3年間は毎月20万円、以後三女が23歳になるまで毎月30万円の養育費を支払う合意をしたが、その後父も母も再婚し、3人の子供は母の再婚相手と養子縁組した事案で、合意当時予想し、あるいは前提となし得なかった事情があるとして、合意事項を修正し、生活保護基準方式を用いて、養育費の月額を21万円(1人あたり7万円)に減額し、養育費の支払の終期を成年到達時までとし、臨時の出費は養父が負担するとしたものがあります(東京家審平成2年3月6日)
4 養育費の一括払い
養育費の支払方法は、毎月払いが原則です。なぜなら、養育費は日常の生活費に充てられるものだからです。したがって、家庭裁判所の調停や審判では、養育費の一括前払いは原則として認められません。
これに対し父母の話合いでは、養育費を一括前払いと決めることも自由です。しかしその場合、養育費が早々に費消されてしまい、将来子供の監護養育に支障を来すおそれがあります。前払いを受けた養育費を計画的に使うよう、細心の注意を払わなければなりません。
裁判例でも、調停離婚にあたって、子供が成年に達するまでの養育費として父親が一括で1,000万円を支払ったが、母親は子供を小学校から私立学校や学習塾にも通わせたために、子供が中学校を卒業するまでにその1,000万円を使い切ってしまったことから、高校と大学の費用を父親に請求したところ、認めなかったものがあります(東京高決平成10年4月6日)。
では、養育費を一括でもらった者が再婚したら、どうなるのでしょうか。たとえば養育費の月額を10万円と決めて、子供が22歳になるまでの10年分の合計1,200万円を一括で支払った前夫は、前妻が再婚した場合に、その一部の返還を請求することができるのでしょうか。
前述のように、離婚に際して養育費の金額を決めた後に事情変更が生じたときには、養育費の金額を増減することが可能であり、再婚して生活環境が変わることも、ここでいう事情変更に該当します。
したがって、前妻の再婚相手である後夫が高収入であって、本来ならば適正な養育費が月額3万円になるとするならば、月額10万円からこれを差し引いた7万円は払い過ぎたことになります。それゆえ、前夫としては、理論上は再婚後子供が22歳になるまでの過払分の返還を求めることが可能となりそうです。
しかし、養育費を一括で支払う者の意思としては、将来起こり得るさまざまな出来事を考慮した上で、ある程度の事情変更は不問に付すというリスクを受容しているのではないでしょうか。
したがって、前妻が高収入の後夫と再婚しても、このことは想定内の出来事であって、養育費の一部返還の理由にはならないと考えるべきでしょう。逆に言うと、そのようなリスクを受け入れたくないのであれば、養育費を一括で支払うべきではありません。
また、もらう側としても、養育費を一括でもらった場合、国税局は毎月もらえば良いはずの養育費を一括でもらう以上、それは贈与であると認定して、贈与税の対象としています。ですので、一括で支払うことは払う側にもリスクがあると共に、もらう側にも負担がありますので、やはり子供の成長や状況に応じて毎月支払い続けることがベストでしょう。
5 まとめ
現在、実務では養育費の金額は簡易算定方式によって決められることが主流ですが、それでは金額が低いため、子供の生活を重視すると、算定表で導き出された金額を適宜修正して妥当な金額を導くことが必要でしょう。
また、ご説明したように養育費の一括払いはお勧めできませんが、有責配偶者から離婚を求めている場合などは、相手方から「養育費を一括で支払わなければ離婚しない」と主張されたら、受け入れるしかない状況も考えられます。養育費の金額がなかなか決まらない場合や金額を変更したい場合には、専門家に相談しましょう。
RPA推進で想定される法律的課題 ~社会科見学体験記~
約1ヶ月前に、普段は立ち入りが出来ない【90%が自動化されたオフィス】に社会科見学に行ってきました。
RPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション=機械学習・人工知能によるホワイトカラーの業務効率化)が推進され90%が自動化されたオフィスのショールームに招待して頂き、お話を伺うことができました。実際に90%が自動化されたオフィスというのは、ほぼ何もないような空間で、一部に機械を人間が監視するというモニタールームがあるような場所でした。
管理者の方の意見も聞いてきたので、そこで見聞きしたものを踏まえつつ、今回はそれにより生まれるだろう法律問題について考えたいと思います。
1.まえがき
2020年には小学生のプログラミング授業が必修になるなど、現在、私達が思っている以上に、時代の大きな過渡期にあります。第四次産業革命といわれるなど、人間のあり方が今後大きく変わることが予想されます。機械の精度は日に日に増していますので、本来であれば日に日に人が楽になるはず・・・ではあるのですが、そのような実感がある方はあまりいらっしゃらないと思います。
RPAを推進しているセンターの管理者とお話をする機会があり、その際に色々と今後の予測をきいてみました。「私達は職につくことで失業者概念を生み出していると捉えることもできるが、機械化をすすめるということは失業者概念を最終的に消滅させうるものではないか?」との問いを投げたのですが、「失業者という概念を消滅させることは、現時点の技術ではまだ不可能と考えられる」との回答でした。自動化が浸透して私達が働かなくてもいい社会が実現するのはもう少し先で、現段階ではモニタリングや思考を人間が担うようになると仰っていました。
2.RPAによる配置転換や異動の法律問題
さて、現在でも銀行などをはじめとしてRPAを推進している企業は多数あると思うのですが、RPAがある程度進行してきたところで生ずると考えられるのが配置転換や異動の法律問題です。
身近なところで、大企業の自動電話を例にとりましょう(電話をかけると、自動音声が流れ、Aの手続の方は1をBの手続の方は2をというような音声が流れるものです)。自動電話は行政も採用していて、これにより的確に担当者へつなぐことができます。これで主に削減できるのは交換台や交換手です。必要最小限の交換手さえいればよいことになります。
そこで、会社に自動電話を導入するとして、その後の人の問題をどうするかというところに法律はかかわってきます。担当業務をフレキシブルに定めている場合は、比較的容易に配置転換を行うことができるかもしれませんが、そうでない場合は事前の打診を要することになりそうです。以下に労働基準法を引用して説明します。
労働基準法の定めによると、労働条件は労働契約の際に明示することとされています。
第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
2 前項の規定によって明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
厚生労働省令である労働基準法施行規則にはこのような定めがあります。
(中略)
一の三 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
仮に労働条件を交換手業務として労働契約を結んでいるAさんがいたとして、RPAによって電話が自動化された場合に、当然交換手の仕事に人間が関与することはなくなりますから、Aさんは別の部門に回ることとなります。しかし、労働条件は交換手業務としていますので、Aさん側から労働契約を解除されてしまうリスクがあるのです(労働基準法15条2項)。
RPAが進むと、人員を他の部署(例えばモニタリングを行う部署等)に異動させることになります。任意にスタッフが全員人事異動に応じる場合は問題がないのですが、そうでない場合は最悪退職が相次ぐなどの人材流出の危険性もあります。RPAで業務効率化・経営の合理化を目指していたのに、配置転換で揉め事を起こしてしまってはかえって不合理を招きます。
スムーズな配置転換も戦略の一環として組み込まれているかもしれませんが、それが法律に則って問題なく行えるかという問題は残るのです。人の問題を起こさないために外部の法律事務所に委託し、契約書等の評価や配置転換の交渉をすることがRPAを進めていくには必須の事項になります。
3.まとめ
RPAの推進は、利便性が高いものです。全体として自動化された場合は効率的な業務遂行が可能になります。例えば単純な作業であれば、ほぼ客観的指標が出るというものもありますのでその意味では査定の負担が減りますし、社員に公平性を示せることが可能になります。また、採用の場面でも役立つかもしれません。
しかしながら、これらによって生ずる法律の問題があり、法律の問題を意識しながらRPAを推し進めなければ、業務の合理化が失敗に終わる可能性もあるので、RPAを推進している事業者の方は、スムーズにRPAを完了させるためにも、法律事務所と連携して、人的側面にも着目して実行を継続すべきでしょう。
マルチ商法とは 簡単に儲かるって本当なの?
「マルチ商法」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「儲かる話があるから説明会に来てほしい」、「簡単に儲かる方法がある」という誘い文句は、マルチ商法かもしれません。マルチ商法自体は違法ではありませんが、様々なリスクがあるので、何も知らずに始めてしまうと、様々な問題に直面してしまいます。
今回は、そうならないためにもマルチ商法の実態と、その危険性についてご説明していきたいと思います。
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1.マルチ商法って何?
はじめに、「マルチ商法」とは、いったいどのような商法のことをいうのでしょうか?「マルチ商法」とはマルチレベルマーケティングプラン(多階層販売方式)の略語ですが、これは俗称のことで、正式名称は特定商取引法で「連鎖販売取引」とされています。
② 再販売、受託販売もしくは販売のあっせん(または役務の提供もしくはそのあっせん)をする者を
③ 特定利益が得られると誘引し
④ 特定負担を伴う取引(取引条件の変更を含む。)をするもの
特定商取引法によると、この連鎖販売取引は以下のように定義されています。
具体例を交えて分かりやすく説明しますね。
例えば洗剤や化粧品の販売事業を行っている組織の会員が、知り合いや家族を新規会員として誘うときに、「自分が本部から買い取った洗剤や化粧品を他の人におすすめし、再販売すると、売り上げの一部と会員紹介料がもらえて儲かるよ。」と言って勧誘するということです。
「儲かるよ」と言って勧誘をするものの、マルチ商法を行う際には自己負担も伴います。それが④の特定負担で、特定負担とは主に一定の会員費(無料の場合もあり)や保証金、本部から自分で商品を買い取りするときにかかる費用のことを言います。
マルチ商法ではこのように、「儲かるよ」と言って新規会員を勧誘しますが、会員は実際にはどのように利益を得ているのでしょうか。ここでも具体的な説明をしていきたいと思います。
まず、Aさんが新規会員Bさんを勧誘し、入会すると、会員紹介料が入ってきます。また、Bさんが入会後に商品を売り上げたときの利益の一部もAさんの売り上げ紹介料として入ってきます。その後BさんがCさんとDさんを勧誘したときも、Aさんは直接勧誘をしてい ませんが、紹介料を得られる仕組みになっているのです。
そのため、一度会員になると自分の下の会員を作り紹介料を得ようと、熱心に勧誘をおこなうようになります。このように会員が自分たちの利益の為に勧誘・商品の販売を行うこと自体がブランドや商品の宣伝活動になるので、組織側としては特に広告活動をする必要がないというメリットもあるのです。
次に、マルチ商法と同じようによく聞く、「ねずみ講」というものがあるので、そちらを詳しく見ていきましょう。
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2.マルチ商法とねずみ講のちがい
マルチ商法とよく似たものに、「ねずみ講」が存在します。ねずみ講は俗称のことで、正式名称は「無限連鎖講」といいます。マルチ商法とねずみ講は仕組みが似ているため、混合されがちですが、この2つは完全に別物で、ねずみ講に至っては無限連鎖講の防止に関する法律で全面的に禁止されています。
無限連鎖講の防止に関する法律 第3条
次に、なぜねずみ講は違法なのかを明らかにするために、ねずみ講の仕組みについてみていきましょう。ねずみ講はマルチ商法と同様に、会員が新規会員を勧誘し、入会金を請求し自分の利益とします。その新規会員も、更なる新規会員(=後順位の会員)を勧誘し、入会金を請求します。
そしてその一部を自分の利益とし、残りを自分より先に入会している会員(=先順位の会員)に分配する、という形をとります。分配を受けた会員は、自分より先順位の会員がいればさらにその利益を分配する…という形式が組織内で連鎖しています。
以上がねずみ講の仕組みなのですが、ここだけ見ていると、どちらもねずみ算式の構造になっていて、マルチ商法とねずみ講にはさほど違いがあるようには思えません。いったい何が違うのでしょうか?また、なぜマルチ商法は合法なのにねずみ講は違法なのでしょうか。
それは、マルチ商法とねずみ講の大きな違いに、「商品の購入の有無」があるからです。
マルチ商法では、商品の購入があくまで目的で、商品と引き換えに後順位の会員から料金をもらい、そこから紹介料が発生します。そのため、ピラミッドの最下層になったとしても、支払った商品代金と引き換えに、商品が手に渡ります。
しかし、ねずみ講の場合は組織に入会するときに先順位の会員に入会金を払うものの、引き換えに何かが自分の手に渡るわけではありません。そのため、最下層の人は自分より後順位の会員を見つけなければ、損をするだけで終わってしまいます。
日本の人口には限りがあるため、ねずみ講もいつか終わりが来てしまいます。というのも、例えば、勧誘・入会を繰り返すことによって既にAさん以外の日本国民全員が同じ組織に加入していたとします。
そしてAさんも勧誘を経て会員になったとき、Aさんは新規会員を勧誘することができません。Aさんは自分だけ入会金を払うだけで、自分は何の利益も得られません。このように損をするだけの人が現れてしまうので、ねずみ講は法律で禁止されているのです。
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3.マルチ商法の危険性
ねずみ講と比較してみて、マルチ商法は合法だし、後順位の会員をつければ儲かるから良いのでは?と思う方もいるかもしれませんが、合法だからといって、危険性がないわけではありません。そもそも、多くの利益を得られるのは、上位ランクの会員であって、そうなるためには、多額の保証金などの金銭の支払いや、多量の商品購入が条件となります。
仮に多額の金銭を支払い、商品を大量に購入したとしても、売り切る(後順位の会員を作る)ことが出来ず、昇格も出来ずに、多額の借金と商品在庫だけが自分の手元に残った、ということにもなりかねません。
また、より多くの新規会員を獲得しようとすると、自分の周りの人たちに見境なく声をかけ、執拗なセールストークで勧誘をするので、今まで築いてきた人間関係が崩れていく恐れもあります。マルチ商法は決して違法ではありませんが、上手くいかない場合は、自分が金銭的なリスクに晒されるだけでなく、周りの人たちを巻き込んでしまう恐れがあるので、メリットだけでなくデメリットも理解しておきましょう。
4.まとめ
構造的には似ているマルチ商法とねずみ講ですが、「商品購入の有無」がその大きな違いとなり、また合法か違法かの境目となります。金銭的なリスク以外にも、自分の人間関係を脅かしてしまう可能性があります。近年では大学生のサークル活動でもねずみ講のようなやり方でメンバーを集めていて、トラブル化したという事案もあります。
いつ自分が勧誘される立場になるか分かりませんので、勧誘を受けたときはリスクがあることを念頭に置いておきましょう。また、トラブルが起こってしまった場合は早めに弁護士や専門家に相談することをおすすめします。
賞与計算の流れ
前々回と前回の記事では、通常の給与計算業務の流れについてお話しました。「賞与を支給するときも、通常の給与計算業務と同じように処理する」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。たしかに、賞与計算の流れは給与計算の流れと似ていますが、控除する各種保険料・税の計算方法や必要な手続きが異なります。そこで、今回は、賞与計算の流れについてご説明します。
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1.賞与とは
「賞与」とは、「定期または臨時に労働者の勤務成績、経営状態等に応じて支給され、その額があらかじめ確定されていないもの」で、いわゆるボーナスのことです。法律において、賞与を支給することは義務付けられていませんが、大抵の会社では賞与があるため、従業員の立場からするともらえて当たり前の感覚の方が強いかもしれませんね。賞与は、就業規則や給与規程・賞与規程、雇用契約書で定められている支給対象者、支給基準、支給時期、支払方法などに基づいて支給します。
そのため、賞与を計算する前に、必ず、就業規則や給与規程・賞与規程、雇用契約書等を準備しましょう。一般的に、賞与は、支給日または一定の基準日に在籍している従業員に対して支給しますが、会社によっては、「入社日から6か月以上経過した従業員に支給する」といった支給の条件を設定している場合もあります。法律で支給が義務付けられていない以上、支給するか否か、どのような要件で支給するか等、全て会社のルール次第になりますので、しっかりと定めを作りましょう。
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2.賞与計算の流れ
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(1)支給額の確認
- まず初めに、各従業員に支給する賞与の額を確認しましょう。賞与の額は、会社の業績や従業員の勤務成績、態度などを考慮して決定されるのが一般的です。会社によっては、賞与は給与の1.5ヶ月分などと決まっていて、毎年決まった数字を支給している会社もあります。しかし、賞与はあくまで賞与ですので、やはり会社の業績を見ながら支給するかどうか経営判断をすべきでしょう。
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(2)保険料・所得税の計算
次に、支給額から控除する各種保険料と所得税の額を計算します。
(a)社会保険料
社会保険料は、以下の式で算出します。毎月の標準報酬月額に基づいた社会保険料額とは異なりますので、注意してください。
健康保険料=(1000円未満を切り捨てした賞与支給額)×健康保険料率÷2
厚生年金保険料=(1000円未満を切り捨てした賞与支給額)×厚生年金保険料率÷2
※この時使用する健康保険料率・厚生年金保険料率は、通常の給与計算で使用する保険料額表と同じものを参照します。
(b)雇用保険料
雇用保険料は、以下の式で算出します。
前回の記事を読んでくださった方はお気づきかもしれませんが、雇用保険料の求め方は、通常の給与計算と変わりません。
(c)所得税
所得税は、以下の式で算出します。
※この時使用する税率は、通常の給与計算とは違い、「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」を参照します。
表は、「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出している従業員については甲欄、その他の従業員については乙欄を使います。また、扶養控除等申告書を提出している場合は、扶養親族等の人数を確認します。
※税率は、前月の給与をもとに確認します。
※この表は例ですので、実際に計算する際は必ず国税庁のホームページを参照してください。
例えば、甲欄適用者で扶養親族が2人、前月の社会保険料等控除後の給与額が20万円の従業員の場合、使用する税率は2.042%です。
(3)賞与支払届の作成
賞与を支給する場合、「健康保険・厚生年金保険被保険者賞与支払届」と「健康保険・厚生年金保険被保険者賞与支払届総括表」を作成する必要があります。賞与支払届の対象となるのは、社会保険の被保険者に年3回以下の回数で支払われる賞与です。
(4)賞与明細の作成
(1)と(2)で計算した支給額・控除額をもとに、賞与明細を作成します。
(5)賞与支払届の提出
賞与支払日から5日以内に管轄の年金事務所に「健康保険・厚生年金保険被保険者賞与支払届」と「健康保険・厚生年金保険被保険者賞与支払届総括表」を提出します。これらを提出すると、納入告知書が郵送されてきます。
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3.まとめ
今回の記事では、賞与計算の流れについてご説明しました。給与計算と似たような流れですが、各種保険料・所得税の算出方法が違ったり、賞与支払届の提出が必要だったりと注意すべきことが多いことをお分かりいただけたかと思います。賞与計算は、通常の給与計算とは異なり、年に数回しか行わない業務です。慣れるまでは、毎回事前に一通りの流れを確認するようにして、焦らず進めていきましょう。
【相談事例60】裁判官でも分からない場合、判決はどうなる?
【相談内容】
家でケンカしているときなど、言った、言わないというようなことで、争いになることってありますよね。
民事裁判でもその事実があったかなかったかが争いになることが多いと思うのですが、すべての事件で、「あった」「なかった」ということを裁判官が判断するのは大変ですよね。
「あった」のか「なかった」のかが分からないというような場合も出てくると思うのですが、その場合にはどういった判決を下すことになるのですか。
【弁護士からの回答】
ご相談に来られる方からは、「裁判で白黒決着をつけたい」といったように裁判になると事実の存否など客観的な真実が明らかになるということを期待されている方も少なくありません。
しかし、裁判官も万能ではないため、ご相談者様がおっしゃるように、その事実が存在したのか存在していないのかを判別することができないということも少なくありません。
そこで、今回は、民事裁判における事実認定についてご説明させていただきます。
1 裁判官でも本当の真実はわからない
当事者間である事実の有無について争いがある場合、現在の技術では、タイムマシーンなどがない以上、その時の様子を直接見ることができません。
したがって、実際の裁判では、どのような証拠が提出されるかにもよりますが、裁判官であってもその事実が存在するか存在しないかがわからないという状態になることも少なくありません。
すなわち、訴訟で判断するのは、証拠上その事実が認められるか否かであり、客観的にその事実が存在したか否かということを判断する場ではありません。したがって、「裁判で白黒はっきりさせたい」というご意向は必ずしも裁判で実現されるものではありません。
2 事実の存否が不明な場合の決着
それでは、裁判において、ある事実が存在するか存在しないかについて裁判官においてもわからないという状況になった場合、どのような判決が出されるのでしょうか。
この場合、わからないので原告被告とも引き分けということにはならず、立証責任を負っている当事者に不利益な判決がでることになります。簡単にいうと、その事実が存在するということを証明する責任を負っている当事者が不利益を被るということになります。
そして、通常、ある法律上の効果の発生を主張する人がその法律上の効果を発生させるために必要な要件に関する事実を立証する必要があります。
例えば、お金を貸したので返してほしいと請求する貸金返還請求訴訟の場合、お金を渡したという事実及び渡したお金を返還する合意をしたという事実は、貸金返還請求権の発生を主張する原告(お金を貸した人)が立証責任を負うことになります。他方、お金を借りたのは間違いないが、すでに返済したという事実に関しては、弁済という法律効果の発生を主張する被告(借りた人)が立証責任を負うことになります。
したがって、裁判において、本当に弁済をしたのかわからないという場合には、立証責任を負っている被告に不利益な判決がでるため、貸金返還請求が認められることになります。
3 証拠の重要性
このように、立証責任を負っている事実については、その事実の存在を主張する側においてその事実を立証する(要は裁判官を説得する)必要があり、どのような証拠が存在するかという点が非常に重要になってきます。
現在そろっている証拠で立証することが可能か否かという点については非常に専門的な問題であるため、ぜひ一度、弁護士にご相談ください。
掲載している事例についての注意事項は、こちらをお読みください。