自然災害と賠償責任
先日,台風が私の住んでいる地域を襲いました。とても強い風であったため,隣の家の堀が倒れ,そのブロックが飛んできて,私の家の窓ガラスを割ってしまいました。隣の家の所有者に家の補修を請求しても良いのでしょうか?自然災害なので自己負担になるのでしょうか?
【弁護士からの回答】
平成29年の九州北部豪雨や,今年の西日本豪雨等,温暖化の影響なのか,自然災害と多くの人が命を落とされてしまう事態が生じています。
そこで,今回は,自然災害が原因で生じたトラブルについてご説明させていただきます。
1 過失責任の原則
契約関係がある場合以外で,他の人が被った損害を賠償する義務を負う際には,請求されている人に落ち度(過失)がある必要があります。このように,不不法行為の損害賠償責任については,過失がなければ賠償責任を負わないことを過失責任の原則といいます。
この過失責任の原則からすると,地震や台風などの自然災害が原因で発生した損害については,他人の故意又は過失によって発生した損害ではないため,原則として誰かに損害賠償を請求することはできません。
2 工作物責任
上記の過失責任の原則の例外として,土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることにより他人に損害を与えた場合には,占有者(損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときには免れます。)または所有者が損害賠償責任を負うことになります。土地の工作物とは,人工的作業によって土地に接着されたものをいい,コンクリートのブロック塀などは土地の工作物に含まれます。
3 本件について
本件のブロック塀も土地の工作物に含まれることについては,争いはないと思われます。したがって,本件での争点は,近隣のブロック塀に「瑕疵」が存在していたかになります。具体的には,台風が来る以前から塀が崩れかかっていた場合には瑕疵が認められるでしょう。もっとも,従前から瑕疵があることに関しては,事故後に立証することは難しいので,台風が起きる前にそのような瑕疵があると思われる箇所を写真などで撮影しておくことでもない限り損害賠償請求は難しいのではないかと思います。
4 最後に
このように,災害をきっかけとした事故であっても,場合によっては工作物の所有者(民法717条2項では竹木の植栽などに瑕疵がある場合も賠償責任を認められているので,例えば倒れかかっている樹木を放置していた場合には,樹木の所有者が賠償責任を負うことになります。)が賠償責任を負わなければならない事態も発生しますので,災害に備えて家や樹木などの点検も必要になってくるのではないかと考えています。
いらない土地を放棄することはできるのか?
古くなった実家の処分を考えています。父のも母も亡くなり,だれも実家に住んでいないため,実家を処分しようと考えていたのですが,先日,実家の登記を取得したところ,土地は私名義になっているのですが(父から相続しました。)建物自体は,祖母名義になっていました。父は叔父との2人兄弟であり,叔父が存命のため,祖母の相続人は私と叔父の2人になるのですが,叔父との関係が悪く,おそらく遺産分割等で協議をすることは困難ではないかと思います。このままだと,使えない不動産についていつまでも固定資産税などを支払い続けなくてはいけなくなってしまうため,土地や建物の所有権を放棄したいと考えているのですが,できるのでしょうか。
【弁護士からの回答】
相続手続きを行っておらず,不動産等について,多数の,相続人が存在することになってしまい,被相続人名義のままの不動産が残っているということも少なくありません。ご相談者様のご質問にあるように,土地の所有権を放棄することができれば,不要な土地の固定資産税等を回避できるのでしょうか,不動産の所有権の放棄はできるのでしょうか(なお,祖母名義の建物については相続分の放棄が可能ですがこれについては別の機会にご説明させていただきます。)。
1 権利の放棄について
民法は,私的自治の原則という制度を採用しており,権利の行使や放棄については,当事者の自由な意思に基づいて行使することができるという原則を採用しています。したがって,誰かに対し債権を有しているとしても,債権を行使するのか放棄するのかについては,債権者の自由な意思に委ねられています。したがって,債権については債権者の意思で自由に放棄することができます。
2 所有権の放棄
上記のように,私的自治の原則からすると,不動産の所有権という権利を放棄することも自由にできるようにも思えます。もっとも,結論からお伝えすると,現時点では,不動産の所有権の放棄については認められていないというのが現状です。
先程お伝えした,私的自治の原則にしたがえば,権利の放棄も自由行使することができますが,私的自治の原則には,権利の行使については第三者の利益を害するような場合には公序良俗に反するとして,権利行使が制限されるという側面があります。したがって,権利の放棄についても,第三者の利益を害する場合には放棄が認められないということになります。
そして,不動産について自由な放棄が認められてしまうと,建物の場合には老朽化した建物があふれかえってしまうおそれもあり,倒壊などにより近隣の住民に損害を被る恐れなどが否定できないため,一般的に不動産の所有権の放棄は認められないとされています(実際,不動産の登記実務上では,放棄による所有権の滅失登記などは一切認められておりません。)。
3 今後の課題
このように,自由な所有権放棄が認められていない以上,不要な土地を処分する場合には,誰かに売却するか,相続の始まった時点で相続放棄をする以外に方法が考えられない状況になります。したがって,遺されたご家族が困らないように生前に財産を処分しておくか,相続が判明した時点ですぐに相続放棄等の対応を行う必要があるため,ご親族がお亡くなりになった場合にはすぐに,弁護士にご相談ください。
もっとも,ご相談者様の事例では,相続放棄の申述期間も経過してしまっているでしょうし,建物が祖母名義であることから,土地の買い手もなかなかつかないのではないかと思います。この場合,遺産分割調停や審判等で建物についてもご相談者様名義にして,土地と一緒に売却することになると思われます。
このように,土地の放棄が制度として認められていないこともあり,現在,日本では,空き家として放置されている不動産が非常に多く,社会問題になっています。
このような状態を解消するためにも,不動産の放棄の制度や,一定期間空き家状態となっている不動産に関して,国庫の帰属とするような立法措置により解消していくしかないのではないかと感じています。
政治家,芸能人のゴシップは名誉毀損?
【相談事例⑮】
前回の記事で,不貞をしているのを公にしたら名誉毀損罪が成立し,損害賠償を請求することができると記載されていたのですが,芸能人の不倫や,政治家の不倫が週刊誌などで報じられているのは名誉毀損として出版社等は罪に問われないのでしょうか。
【弁護士からの回答】
近年,週刊誌により,芸能人や政治家の不倫などのスキャンダルが頻繁に報じられていますが,このような週刊誌によるスキャンダルに関する報道と,名誉毀損罪若しくは,損害賠償請求の関係についてご説明させていただきます。
1 はじめに
前回の記事でお伝えした通り,他の異性と不倫(不貞)をしているという事実は,一般的に公にされた人の名誉を毀損することは明らかであり,それは,公にされる人が芸能人であっても政治家であっても,名誉が害されることに変わりはありません。
2 政治家の場合
刑法230条の2の2項では,名誉毀損罪に該当する行為が,「公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない。」と規定されており,政治家(国会議員)も公務員であるため,名誉を毀損する内容が真実である場合(もしくは虚偽であったとしても真実であると信じたことについて,確実な資料等により相当の理由があると認められる場合)には,名誉毀損罪は成立しないことになります。これは,国会議員等の政治家は,国民の代表として,いわゆる「公人」として存在している以上,公人に関する事項は,公人の名誉よりもその事実を周囲に発表することにより国民の利益(表現の自由や知る権利)を尊重すべきと考えられているからです。
3 芸能人の場合
では,スキャンダルを報じられたのが,芸能人の場合はどうでしょうか。芸能人は当然,公務員ではありません。また,刑法230条の2第1項では,「公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない。」と規定していますが,芸能人のスキャンダルが,公共の利害や公益とは無関係であることは明らかであると思います。
したがって,芸能人のスキャンダルに関しては,名誉毀損罪が成立しうることになりますし,プライバシー権を侵害しているとして,損害賠償を請求しうることになります。芸能人として世間にみられる立場である以上,プライバシー権を放棄しているというような極端な考えもありますが,そのような考え方は一般的ではありません。
しかし,名誉毀損罪として処罰の対象となるためには,被害者が告訴をしなければならず,告訴がなければ犯罪として処罰することはできません(これを親告罪といいます。)。したがって,週刊誌によるスキャンダルのほとんどのケースでは,罪自体は成立しうるものの,暴露された芸能人が,今後の活動の影響などを考えて,告訴をしていないのではないかと考えられます。
また,民事訴訟においても,損害賠償として請求することができる金額は多くて数百万程度であり,内容によっては数十万程度しか認められない場合もあります。したがって,マスコミ側としても,そのような少額の賠償を払うリスクよりも,その内容を記事にすることによる利益を優先してしまっているのではないかと考えています。
とはいえ,ひとつのマスコミの記事により,芸能人としての活動やその後の人生まで大きく変えられてしまう人も少なくないと思いますので,マスコミの報道の仕方についても,行き過ぎた取材は報道に対しては,裁判所での制裁だけではく世間としての見方も変えなくてはならないのではないかと感じています。
SNSで嫌がらせを受けたら
【相談事例⑭】
先日,知り合いから,夫が女性と不貞をしているなどとSNSで書き込んでいる人がいると教えてもらい,その人の書き込みをみると,確かに主人が不貞をしている書き込みが頻繁になされていました。(その書き込みは誰であっても見ることができる状態になっています。)。一瞬主人を疑ってしまいましたが,主人にも確認をとり,不貞の事実等全くなく,嘘の事実であることが分かりました。その書き込みにより非常に迷惑をしています。こういったケースはどのような対応を行えばいいのでしょうか?
【弁護士からの回答】
インターネットが非常に普及するようになっている現代においては,上記のようなSNS上でのトラブルが非常に多いです。そこで,今回は,SNS上での名誉毀損への対策についてご説明させていただきます。
1 はじめに
ご相談者様の事例では,ご主人が他の女性と不貞行為をしているという情報がSNS上で誰からも見ることができる状況になっています。このように一般的に社会的な信用(名誉)を損なうような内容が,不特定多数の人が見られるような状況に置いた場合には,刑法上の名誉毀損罪(刑法230条)が成立します。また,同時に個人のプライバシー権を違法に侵害しているため,民法上の不法行為にも該当するため,慰謝料等損害賠償請求もすることができます。ご相談者様の場合,ご主人が不貞をしているという事実は,虚偽の事実ですが,仮に,ご主人の不貞の事実が真実であったとしても,名誉毀損罪は成立しますし,損害賠償を支払わななければならないことには変わりありません(真実の場合には一定の要件を満たせば犯罪が成立せず,損害賠償の義務を負わない場合がありますが,それについては,次回ご説明させていただきます。)。
2 削除請求
このような,名誉毀損的な書き込みがなされている場合,最初に行うべきことは,書き込みを削除することが考えられます(後述する刑事告訴や民事訴訟まで行うことを予定している場合には,書き込みの証拠を確保する必要があるため,書き込んでいるページをプリントアウト等しておくとよいでしょう。)。書き込みを削除する方法としては,SNSの場合,書き込みの削除フォーム等やメールにより運営者(管理者)に対して書き込みの削除を依頼することが考えられます。
このような任意での削除方法がない場合や,管理者において任意での削除に協力してくれない場合には,削除請求に関する仮処分(民事保全手続になります。)や削除請求の訴訟を提起することになります。
3 刑事手続
次に,違法な書き込みを行っている人を刑事処分にしてほしいと考える場合には,①被害届の提出若しくは②告訴状の提出が考えられます。①の被害届とは,犯罪の被害にあった事実を捜査機関に対し申告する書面になります。被害届を提出するためには,被害者の情報,被害の日時や被害内容,加害者に関する情報(加害者不明でも出すことは可能です。)等申告する必要があります。被害届に関しては,告訴状と比べると簡易な手続で届出を行うことが可能ですが,被害届でとどまる場合には,捜査機関において事件性が低いとして捜査をしてくれない場合もあります。
②の告訴状とは,犯罪の事実を告知する点では被害届と同じなのですが,告訴に関しては,加害者への処罰を求めることも含まれることに加え,仮に,告訴が受理された場合には,捜査機関において捜査を開始する義務及び,検察官において起訴するか否かの判断を告訴した人に対して伝える義務が生じることになります。
被害届よりも告訴の方が具体的に被害を防止するためには効果的であることには間違いありませんが,告訴が受理されるためには,確実に有罪となる見込みがある場合でなければ受理されることはないため,告訴状にはしっかり証拠等を添付して提出する必要があります。したがって,告訴状を提出することを考えられている場合には,是非,一度弁護士にご相談ください。
4 損害賠償請求(民事訴訟)
名誉を毀損する書き込みを行っている相手方に対し,損害賠償を請求したいと考えられる場合には,まず,書き込みをしている相手方を特定する必要があります。特定する方法としては,SNSの管理者側に存在している発信者(書き込みを行った人です。)のIPアドレスを特定する必要があります。具体的には,管理者に対し,上記情報を開示するよう交渉を行うか,交渉に応じない場合には,裁判所に対し,発信者情報開示請求の仮処分や訴訟を申し立てることになります。
IPアドレスを入手することができると,発信者がインターネットを使用している際に経由しているプロバイダが判明したら,プロバイダに対し,発信者情報(氏名,住所)等を開示してもらうために,発信者情報開示訴訟を行うことになります。
上記訴訟を経てようやく書き込みを行った人の情報が分かり,損害賠償請求交渉や訴訟を行うことができます。このように,発信者情報の開示に関しては時間と手間が非常にかかってしまうのが現状です。
5 さいごに
違法な書き込みの被害に遭っている場合には,ますは,書き込みを早急に削除するために書き込みを消去することが非常に重要です(インターネットの上の情報は一度出てしまうと完全になくすことはほぼ不可能といって差し支えないと思います。)。インターネットの被害に遭われている方は是非一度弁護士にご相談ください。
懲戒解雇の妥当性
【相談事例⑬】
従業員が無断欠勤を頻繁に繰り返している従業員がいます。その従業員のせいで他の従業員に迷惑がかかっており,会社全体の士気も下がってしまっている状況です,その従業員を懲戒解雇にしたいが,解雇できるのでしょうか?
【弁護士からの回答】
今回は,従業員の無断欠勤と懲戒解雇についてのご相談です。無断欠勤は即解雇等としている会社もあると聞きますが,懲戒解雇についてのトラブルは,労働審判等会社にとって非常に不利益になる等のトラブルのもとになることが非常に多いので,注意が必要です。
1 懲戒解雇の要件について
懲戒解雇とは,従業員が懲戒事由に該当する行為を行ったことを理由として,雇用契約を解消(解雇)することをいいます。懲戒解雇は,労働者に対する制裁的な処分であり,かつ,解雇という労働者の生活に大きな影響を与える処分であるため,懲戒解雇が認められるための要件は非常に厳格にさだめられています。
まず,懲戒解雇は,労働者にペナルティを与える懲戒処分であるため,どのような行為を行ったら懲戒解雇処分を受けるということが就業規則に規定されている必要があります。従業員が10名以下の企業では,就業規則の作成義務がないため,就業規則自体を作成していない企業も少なからずいらっしゃいますが,就業規則を作成していない企業の場合には,従業員がどれだけ悪質な行為を行ったとしても,懲戒解雇にすることはできず,普通解雇により解雇を行うことになります。その場合には,解雇予告手当等を支払わなくてはならないため,どれだけ規模の小さい会社であったとしても就業規則は作成しておいた方がよいでしょう。
次に,懲戒解雇が有効に認められるための要件としては。懲戒解雇に合理的理由及び社会的妥当性が認められることが必要になります(労働契約法16条)。具体的には,たとえ,就業規則に懲戒解雇事由が規定されていたとしても,その事由により解雇されることがあまりにも不当な場合には,解雇が認められないことになります。極端な例ですが,就業規則に「就業時間を1分でも遅刻した場合には懲戒解雇とする」と規定されおり,実際に1分遅刻した場合に解雇が認められるわけがないことは分かると思います。したがって,就業規則には,懲戒解雇処分を科しても不当ではないと認められるような事由を記載しておく必要があります。
2 無断欠勤について
無断欠勤に関する懲戒解雇事由としては,「14日連続で正当な理由がなく無断欠勤をし,出勤の催促に応じない場合」に懲戒解雇とするという規定を就業規則においているのが一般的です。14日間連続とされている理由については,労働基準監督署の認定を受けて解雇予告手当を支払わなくてよい場合(労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合,労働基準法20条)として,2週間以上正当な理由なく無断欠勤していることが要件とされているため,一般的な就業規則では,14日間とされています。
では,無断欠勤が14日間連続ではなく,10日間欠勤して,しばらく出勤してまた10日間欠勤しているような場合はどうでしょうか。
この場合,14日間連続で無断欠勤していない以上,上記の規定に基づいて懲戒解雇をすることはできません。もっとも,通常の就業規則では,無断欠勤をしたときに,けん責処分(単に注意をするのみの処分です。)とし,けん責処分を複数回行ったとき,もしくは,無断欠勤が7日以上に及んだときは,減給,出勤停止若しくは降格処分とし,さらに,減給等の処分を受けたにもかかわらず,改悛(改善)の見込みがないときに懲戒解雇処分とする規定が存在します。したがって,14日連続で無断欠勤をしていない場合であっても無断欠勤をした都度,けん責処分や減給,降格処分などを科していくことで,懲戒解雇を行うことも可能になります。
3 最後に
使用者である経営者の方においては,あまり意識をされていないことが多いと思いますが,懲戒解雇処分というものは,先ほども述べたとおり,非常に重い処分であるため,軽々と行ってしまうと,労働審判等の紛争に巻き込まれるなど,本来の経済活動に充てることができた時間を余計な手間にとられてしまうリスクもあるため,懲戒解雇をすると考えた際には非常に慎重になる必要があります。当オフィスも那珂川町だけでなく,春日市,大野城などの中小企業様の顧問弁護士として,従業員の解雇に関する問題も多く取り扱っておりますので,是非一度お問合せください。
更新拒絶等の「正当な事由」とは
【相談事例⑫】
(前回の続き※事案の内容は前回の記事をご覧ください。)
賃貸人に出て行けと言われたとしても,それに必ずしも応じなければいけないわけではないのですね。ただ,賃貸人が立退料を支払えば出て行かなくてはならないと聞いたことがありますが本当でしょうか。
【弁護士からの回答】
前回の記事で,建物賃貸借契約の更新拒絶や,解約の通知は,借地借家法28条に「正当な事由」が無い場合には認められないとご説明させていただきましたが,今回は正当な事由の有無の判断要素についてご説明させていただきます。
1 はじめに
更新拒絶等の要件である「正当な事由」の考慮要素については,同じく借地借家法28条に規定されており,28条に規定されている要素を総合的に考慮して,「正当な事由」が認められるか否かを判断することになります。
2 建物の使用を必要とする事情
賃貸人と賃借人のそれぞれにおいて,当該建物の使用を必要とする事情があるか否かを判断し,どちらの必要性が高いと言えるのかを判断することになります。「正当な事由」の判断要素の中において,この「必要性」という要件は最も重要な考慮要素となります。すなわち,賃貸人における建物使用の必要性が賃借人における建物使用の必要性よりも大きい場合には,「正当事由」が認められる方向に働きます,逆に,賃借人における建物使用の必要性の方が大きい場合には,「正当事由」が否定される方向に働きます。また,当事者双方の建物使用の必要性に差がない場合には,後述する他の要素を補充的に考慮して判断していくことになります。
3 建物の賃貸借に関する従前の経過
契約期間,更新状況,前回の更新時に賃貸人と賃借人との間でどのような話し合いを行っていたか,敷金の支払いの有無,家賃滞納の有無等が考慮されることになります。具体的には,何度も更新を重ねており,前回の更新時には退去の話など一切なされていなかった場合には,正当事由が否定される方向に働きます。
4 建物の利用状況
建物が,賃貸借契約で定められた用法に従い使用されているかなどが考慮要素になると言われていますが,ほとんど考慮要素としての意味はないと言われています(用法違反の場合には,債務不履行により賃貸借契約が解除されてしまうため,更新拒絶等が問題になることがあまりありません。)
5 財産上の給付の申し出(立退料)
賃貸人が賃借人に対し,金銭(立退料)や代替する賃貸物件を提供する等の財産上の給付を申し出た際には,その申出は正当事由の考慮要素となります。ここで注意が必要なのは,財産上の給付の申し出があれば必ず「正当な事由」に該当するというものではありません。すなわち,正当な事由に該当するか否かは上記のように,建物の使用を必要とする事情をメインに判断するため,賃貸人がいくら立退料を提供したとしても,賃借人が当該建物を使用する必要が非常に高い場合には,正当事由がないと認められる場合があるということです。逆に,賃貸人で建物を使用する必要性が非常に高い場合や,建物の老朽化により早急に取壊しが必要な場合等には,立退料を支払わないとしても,正当な事由が認められると判断されることもあります。
6 最後に
このように,建物賃貸借契約における更新拒絶に関しては,賃貸人側であろうと賃借人側であろうと非常に複雑な問題があることから,賃借人の方賃貸人の方いずれであっても,契約の更新の際には是非一度弁護士にご相談ください。
賃貸人に退去を求められたら
【相談事例⑪】
これまでテナントを借りて10年以上中華料理屋を行っておりました(賃貸借契約の更新を繰り返してきました。),先日オーナーより,建物取り壊しを理由に,7か月後に来る契約期間満了後は,契約の更新はしないので,店舗の移転を求められました。契約期間後には,出ていくしかないのでしょうか?
【弁護士からの回答】
賃貸借に関する立退きの問題は,ご相談者様のように賃借人からのご相談のみならず,賃貸人の方からもご相談をいただくことがございます。通常,契約期間が満了した場合には,契約は終了するのが通常ですが,賃貸借契約の特性上,契約の終了に関しては,賃借人の保護が図られています。
1 借地借家法の適用
賃貸借契約に関しては,民法に規定されており,存続期間に関しては,民法604条にて,上限を20年と設定しており,かつ更新をすることができるとだけ規定されております。この民法を前提とすると,合意により賃貸借の契約期間が満了した際には,当事者で更新に関する合意が整わなければ,契約は終了し,賃借人は建物を明け渡さなくてはいけなくなります。もっとも,賃貸借契約は,賃借人の住居として生活の本拠である場合や,ご相談者様のようにその場所で事業を営んでおり,生活をささえるための場所となっていることが多いため,賃借人を保護すべき契約であると考えられており,民法の特別法(民法の規定より優先して適用されます。)として借地借家法という法律があり,この借地借家法により,賃借人が保護されています。
2 建物賃貸借契約の更新について
まず,建物賃貸借契約の更新については,借地借家法で,契約期間の定めがある場合において,当事者が,期間満了の1年前から6か月前までに更新しないという通知をしなかった場合には,従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなされると規定しています(26条)。したがって,賃貸人が,契約満了の1年前から6か月前までに更新しないと通知した場合には,同一条件で更新したものとみなされることになります。もっとも,更新後の賃貸借契約は,期間の定めのない契約と扱われるため(26条),賃貸人は,解約の申し入れができるようになり,解約の申し入れが認められると,申し入れの日から6か月が経過することで,賃貸借契約が終了することになります(27条)。
3 更新拒絶,解約申し入れの要件
では,ご相談者様の事例のように,適切な期間内に,賃貸人から更新拒絶の通知がなされた場合や,期間の定めのない契約になった後に,解約の申し入れをし,6か月が経過した場合には,自動的に,賃借人は退去しなくてはならないのでしょうか。
この問題についても借地借家法に規定があり,更新拒絶や,解約の申し入れについては,「正当な事由」がある場合でなければ,認められないと規定されています(28条)。したがって,ご相談者様の事例でも,この正当な理由が認められない場合には,賃貸借契約の更新拒絶は認められる,契約は更新されることになります。
では,借地借家法28条の「正当な事由」の有無についてはどのような事情が顧慮されるのかについてですが,今回は文量が多くなってしまったので,次回にご説明させていただきます。
破産に関するよくあるご質問⑤
【ご相談者様からのご質問】
借金がかさみどうしようか悩んでいましたが,これまでの先生のお話を聞いて破産をしようかと考えています。ですが,私は仕事上,月に1~2回は飲みに行かなくてはいけません。破産をしようとしているのに飲み会なんて許されませんよね。
【弁護士からの回答】
ご相談者様からのよくあるご質問に対する回答はひとまず今回で一区切りです。ご相談者様のように,破産する際の日常の振舞い方についてのご質問の多いので回答していきたいと思います。
Q13.破産の申し立てを行っている間は,飲み屋などにいってはいけませんよね?
A.結論からお伝えすると,お酒を飲みにいったりすること自体が制限されるわけではありません。お仕事の関係で避けられない飲み会もあるでしょう。しかし,破産をして債務を免責するのは,あくまでも破産者の経済的な再建を図るためであるため,裁判所において,免責を認めるか認めないかの判断において,債務が無い状態で,きちんとまっとうに生活することができるのかという点も見られています。具体的には,申立てを行うまでの間,毎月,家計表を作成してもらい,債務の返済がない状態で,自身の収入に見合った支出で生活をすることができることを裁判所に示す必要があります。したがって,収入に見合った範囲内であり,適切な金額(月に2~3万円程度ではないでしょうか。)であればお酒を飲みにいったとしても何ら問題はありません。もっとも,キャバクラや風俗などでお金を使ってしまうことは浪費行為に該当するため,少なくとも破産手続きが終了するまでは控えておいた方がよいでしょう。
Q14.破産した後にギャンブルをすると逮捕されてしまうのですか。
A.逮捕されることはありませんが,控えておいた方が良いでしょう。
まず,破産の申し立てを行っているときときや,破産手続中には,ギャンブルだけなく,浪費や風俗などにお金を使うことはくれぐれもお控えください。その程度がひどい場合にはせっかく破産を申し立てたにも関わらず,免責が認められなくなってしまう可能性があります。一方で,破産手続きが終了した後に,ギャンブルを行ったり,浪費等をしたとしても一度認められた免責決定が取り消されたり,何らかのペナルティーが科せられることはありません。
しかし,ギャンブルにしろ浪費にしろ,破産をする前と同じ生活をしていれば,ほとんどの場合が,収入では生活することができなくなってしまうでしょう。そして一度破産している以上,ブラックリストに載っているため消費者金融からは借り入れができず,ヤミ金など違法な高利貸しなどから借り入れを行ってしまい,違法な取り立てなどで取り返しのつかないことになってしまう可能性も否定できません。法律上も破産をしてから7年が経過しないと原則として再び破産をすることはできません。もう二度と借金で困らない様に,破産が認められた場合には自分の収入に見合った生活を心がけ,新しい人生を有意義なものにされた方がよいと思います。
破産に関するよくあるご質問④
【ご相談者様からのご質問】
これまでの先生の回答を見ていると,「破産は悪いこと」というイメージは間違っていたとわかりました。でも,借金を基本的に返さなくて済むのに,今までと同じような生活を送れるということはないですよね。
【弁護士からの回答】
今回は,破産をしたことで,申し立てた人に対し,どのような不利益があるか否かについてご説明させていただきます。
Q8.一定期間,選挙権が剥奪されてしまうということを聞いたのですが・・・
A .そのようなことはありません。公職選挙法などにも破産をしたことで選挙権を失う等という記載は一切ありません。また,立候補する権利(被選挙権といいます。)についても何ら制限はなされないため,破産手続中であっても,立候補すること自体は理論上可能です。とはいえ,選挙には多額の費用が必要になり,そういった選挙費用に支出するお金があるのであれば,債権者に分配すべきと判断されるのが通常ですので,現実的には,破産手続中に立候補することは困難でしょう。
Q9.運転免許が取り消しになったりするのでしょうか。
A.そのようなことも一切ありません。そもそも,破産することと,運転免許の資格の適格性に何ら関連性はないと思います。こういった都市伝説的な噂がでていることからも,破産に対する間違った悪いイメージが浸透してしまっているのだなと感じます。
Q10.相続権がなくなることはありませんか?
A.民法には相続人たる資格を失う事由として,相続欠格事由及び相続人の廃除に関する規定がありますが(民法891条,892条),同規定の中に,破産をしたことで,相続人たる地位(推定相続人といいます。)を失うことはありません。なお,破産手続の開始決定前に被相続人が亡くなり,相続が開始した場合には,相続により受領した財産については,換価して債権者へ分配されることになります。逆に,破産手続き開始決定後に相続が発生した場合には,相続により得た財産は破産者が自由に処分することができます(これについては,別の機会にご説明させていただきます。)。
Q11.破産をすると,郵便物が自分の手元に届かなくなると聞いたのですが本当ですか。
A.管財事件というものになると,破産の手続きが続いている期間は,郵便物が管財人の弁護士の事務所に送付されることになります。別の機会にご説明させていただきますが,破産の手続きには,換価する財産がなく,免責(債務を免除することです。)させても何ら問題が無いと判断される「同時廃止事件」と,換価する財産がある場合や,免責させてもよいか調査する必要がある場合の「管財事件」の2種類があります。そして,管財事件になった場合には,管財人の弁護士において,破産者の財産を調査する必要があるため,破産手続きの期間中に限り,破産者宛の郵便物が管財人の弁護士の事務所宛に転送されることになります。もっとも,破産の手続きが終了すれば,管財人の転送は終わり,普通に郵便を受け取ることができます。
Q12.破産をすると引っ越しができないと聞いたのですが。
A.引っ越しができないわけでありませんが,裁判所の許可が必要になります。上記でご説明した管財事件になると,何度か裁判所に破産者自身が行く必要があり,かつ,管財人の法律事務所へ足を運ぶ必要があります。したがって,破産手続中に関しては,裁判所において破産者の所在を把握しておく必要があるため,引越しにより住所が変わる場合には事前に裁判所の許可を得てから引っ越しなどをする必要があります。
破産に関するよくあるご質問③
【ご相談者様からのご質問】
家族にはきちんと相談してから破産した方がよいということですね。考えてみます。ちなみに,私は,年金で生活しているのですが,その年金は大丈夫でしょうか。
【弁護士からの回答】
前回は,破産をした際に親族等にどのような影響が及ぶのかについてご説明させていただきました。今回は,主に年金に関するご質問に回答してきたいと思います。
Q6.破産をすると厚生年金や国民年金がもらえなくなると聞いたことがあるのですが・・・
A.そのようなことは一切ありません。
まず,公的年金(厚生年金,国民年金)を受給することができる権利は,法律上差押えをすることが禁じられている権利になります(国民年金法24条,厚生年金法41条)。また,法律上,年金の受給資格の喪失事由として,破産や個人再生を行ったことという規定は一切ありません。したがって,破産をしたとしても,年金については,それまできちんと年金を収めていれば。受給することが可能です。もっとも,公的年金の入金された預貯金口座が債権者に知られている場合には,債権者から差押えをされてしまう可能性があることや,その預貯金口座の残高がある程度(20万円程度)ある場合には,債権者に換価される可能性がありますので注意が必要です(この点については別の機会にご説明させていただきます。)。
Q7.公的年金は何ら問題なく受給できるのですね。では,企業年金や個人年金についてはどうなのでしょうか。
A.まず,企業が,確定給付企業年金・確定拠出年金・厚生年金基金等の制度を採用している場合には,いずれも差押禁止財産となっているため,公的に年金と同様の扱いになります。これに対し,企業において,企業年金制度を採用しておらず,退職金の制度を採用している場合には,退職金の金額によっては,一定の金額を債権者の換価のために支払わなければならなくなる可能性もあります(退職金については,別の機会にご説明させていただきます。)
また,企業年金ではなく,個人年金(保険会社などに個人的に支払っているものです。)については,解約した際に戻ってくる金額(解約返戻金といいます。)が一定の金額以上の場合には,個人年金を解約する必要が生じてくる場合もあります。
いずれにせよ,破産の申し立てをする際には,ご依頼者様の契約されている保険に関する事項についてはきちんと確認する必要があるので,ご不安なことがあれば,弁護士にご相談ください。